横須賀整体「整体の仕組み・色と空 その1」エネルギー療法

整体の現場では、施す側と施される側という二元性があるように見えます。二元性とは、分離感とも言い換えることができると思います。確かに物質的には、個人がそれぞれ存在していますので、分かれていると感じるのは当然です。

 

しかし、その存在が在らしめるためには、実の存在のためのキャンパスのような虚の空間が、必要であると感じますし、よくよく丁寧に世界を観察すると、目に見えない空(くう)があることで、始めて存在というものがあり得るのだということが分かるような気がします。

 

すべての存在の生まれる「空(くう)」は、ただ一つの生命ともいえます。このように世界をみると、すべては一元で一つのものであるとも思えます。悟った人の話を聞くと「空」の上に、形という「色」が現れている状態が、この世界であるということらしいのです。

 

そうすると我々は、普段、目に見える形だけで世界をみている状態で、偏った見方をしているが、ほとんどの人にとって、それは大した問題ではない、というかそれ自体を考えることも感じることもない状態で生きているということになるらしいのです。

 

整体において、施す側と施される側という二元性は、物質世界の偏った見方によるとそう見えるということで、本当は1つの生命がそれぞれの役を表現しているだけで、分離はないのかもしれません。

はな

整体の施術(施すと書いてしまっていますが)というものは実は、その陰で何らかの条件が揃うことにより見えない領域から、素粒子レベルで変化が起こり、存在がよりよい状態になるような反応が起こっているのではないか?とも考えられるわけです。

 

その条件のひとつに、異常を感じる部位への意識の集中があると考えられます。肉体の異常があるところはエーテル体以上の眼に見えない波動領域においても、バイブレーションの低下が起こっているのです。

 

整体で身体が変化するときは、身体の波動の低下を観察者が見つけたときに、その部位に生命エネルギーが集まるということが起こっているようです。

 

身体にあるツボなどを押さえるということは、イタ気持ちいい刺激により、その部位に意識が集中してエネルギーが入るということが考えられますし、その刺激により身体の内側に意識が向けば、全身の変化が起こることになります。

 

人間が意識を向けたところには、宇宙から癒しのエネルギーが注がれるようにできているようなのです。これは、誰でもできているはずなのですが、この能力がほとんど一般的ではないのは、もう一つの条件を満たしていないからであると考えられます。

 

もう一つの条件とは、波動の低下を身体で感じることです。人間は本来、波動の低い状態と高い状態を身体の感覚として感じることができます。しかし、一般的には目に見える形の変化などに注目し、頭で異常部位を判断します。

 

身体で波動の低さを感じるということは、実は普段、無意識的に行っています。

 

人や場所に対して、何となく、嫌な感じや逆に気持ち良さを感じたりするものですが、難しいところは、そこに個人的な価値観や偏見という頭で考えた判断基準が絡んでいることがあるところです。

 

このようにみると、少し難しい技術のような気がしますが、単に判断を下す思考を停止して、ただ在るだけでも自分の波動をあげることができるのです。

 

エネルギーは高いほうから低いほうに流れますので、自分の在り方を整えるだけで、受け手の必要なところにエネルギーは注がれるのです。

 

つづく・・・

「整体の仕組み・色と空その2 治そうとしないこと」

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